2016.03.22

IoT時代、企業がオープンに開発することの意義とは

IoT時代、企業がオープンに開発することの意義とは高木 幸一KDDI高木です。ユビキタスコンピューティング、M2M、そしてIoTなどモノとICTが融合する世界観の模索が続くなか、私たちは、「物理デバイスをWebブラウザが直接制御する」という斬新なコンセプトを検討し、「CHIRIMEN」と呼ばれるボードコンピュータと開発環境の提案によって、その具体化に取り組むオープンなコミュニティによるプロジェクトに参加しています。このプロジェクトの一員としてコミュニティに参加されているお二人、一般社団法人 Mozilla Japan 代表理事の瀧田佐登子氏(以下、瀧田氏)、及び、株式会社ニューフォリア取締役の羽田野太巳氏(以下、羽田野氏)と「オープンに考え、作る、伝える」を軸にしたモノづくりの意義について改めてお話しさせていただきましたので、その対談記事を掲載させていただきます。

オープンソースコミュニティとKDDIの出会い

オープンソースコミュニティとKDDIの出会い

瀧田氏
Mozilla Japanは2012年、中高生向けのモノづくりのオープンな手法を学ぶ「Mozilla Factory」という取り組みをスタートしました。このMozilla Factoryでは、KDDIをはじめ参加企業に対して、「ビジネスは持ち込まずにオープン思想を学んでください、オープン思想を持った人材を一緒に育てましょう」といったスタンスをお願いしました。KDDIは動きが速く、「コミュニティと一緒に何かをやる」「これからはオープンの時代だ」という考え方が根付いた企業だと感じています。
高木 幸一
弊社社長の田中(KDDI代表取締役・田中孝司)は、ソフトウェアエンジニア出身なので、オープンソースの文化には理解が深く、技術開発の上層部も私たちの活動を励ましてくれています。オープンなコミュニティの中で進められる本プロジェクトのような開発活動やW3C(World Wide Webコンソーシアム)のような標準化活動は、弊社の事業コンセプトである「あたらしい自由」を「ギーク」に向けて訴求できるものとしても理解されているのではないかと思います。

企業がコミュニティに入ってできること、注意すべきこと

企業がコミュニティに入ってできること、注意すべきこと

高木 幸一
KDDI内で、オープンソースに対する価値観に変化をもたらしたのは、やはりスマートフォンだと思います。Androidは基本的にオープンソースなので、それまでは信頼性や品質確保の問題でオープンソースに抵抗感を持っていた層が、スマートフォン向けOSとして搭載されるという急激な環境変化によって、オープンソースを使わざるを得ない状況になりました。
瀧田氏
これまでの日本のモノづくりの考え方は、「すでにオープンになっているものを使いましょう」という受動的な立場でした。会社内部での開発はあっても、Mozilla Factoryのようなコミュニティ参加が、仕事としてなかなか認められてきませんでした。徐々にインターネットを媒介としてソフトウェア開発のスタイルが変化してきたことで、ただ利用するだけではなく、企業も一緒にオープンソースコミュニティに貢献するという姿勢に変わってきたことも背景の一つではないでしょうか。
高木 幸一
そうですね。Mozilla Factoryに対してKDDIとしてどのように関わっていくのかを考えたとき、具体的な貢献を求められましたね。ところで、オープンソースのエコシステムに参加することで得られるベネフィットは、開発者以外が実感しづらいですが、経営者やその周囲の人間に対してのベネフィットの例はありますか。
瀧田氏
Mozilla Factoryに参加していただいた経営者の皆さまには、「企業としてどうオープンソースコミュニティに貢献できるのか、共に考えましょう」と言ってきました。その点では、エンジニア出身でありオープンソースで構成されたUNIX OSに造詣が深い田中社長(KDDI)は、オープンソースの開発スタイルをよくご存知で、コミュニティとの協働の意義や価値というものをご理解されていたと感じます。
高木 幸一
私もスキルアップをしていく上で、最も効果的な活動がオープンコミュニティの活動であると感じています。オープンソースは、多くの人の目に触れ、多くの人と切磋琢磨するという点で、ほどよい緊張感のある成長の場だと思います。
羽田野氏
基本的に日本では、オープンコミュニティでの貢献が讃称されにくい環境だと考えます。理由としては、経営層に理解がないことやエンジニア自身のモチベーションが低いことです。経営層は収益に直結しない活動に、エンジニアを投入することに消極的な姿勢をとる方が大半を占めます。また、エンジニア側のモチベーションの問題に関しても、転職文化が根付いていないことがその原因ではないでしょうか。欧米ではオープンソースへの貢献がエンジニアとしての価値を高めますが、まだまだ転職文化が根付いていない日本では、オープンソースへの貢献がほとんど評価対象になりません。このような雇用環境の問題で、エンジニア自身もモチベーションが上がらず、オープンソースにコミットする人材が育ちにくい環境だといえます。これらの解決は簡単ではありませんが、オープンソースの事例がもっと積極的に紹介され、アピールされてもいいと感じています。それが消費者への理解につながり、会社のアセットとしての必要性が経営層に認識されるようになることで、オープンソース貢献に関する地位向上が見込めると思います。

モノを“つなぐ”意義を理解してハードウェアとソフトウェアを使いこなす

モノを“つなぐ”意義を理解してハードウェアとソフトウェアを使いこなす

瀧田氏
これからはハードウェアとアプリケーションを一つの思想でつなげていくことが肝要です。米国の話ですが、一世を風靡したUNIXコンピュータの会社を例にしてみると、ハードウェアとOSまでは美しくでき上がっても、それを最大限に生かすアプリケーションを自社で開発できませんでした。良いハードウェアが存在しても、それに見合うソフトがなければただの箱です。これからの時代に必要なのは、闇雲にIoTを標榜することではなく、モノを“つなぐ”意義を理解した上で、ハードウェアとソフトウェアを織りなすことができなければ、その先のサービスの価値が引き出せないと思います。
羽田野氏
もちろん、一人でハードウェアとソフトウェアのすべてを網羅するのは不可能なので、以前と比べ横のつながりが重要になってきています。その例として勉強会のようなコミュニティが形成され、様々な業界から参加者が集まってくるようになりました。企業同士が協力しないとプロダクトやサービスが完成しない現在の環境下では、エンジニア同士のコミュニケーションが大切になってきているのだと思います。旧来型の職人気質のエンジニアから、自身に足りない部分を相互に補完しあうエンジニアになることが、求められています。以前に比べ、期待されているカバー範囲は広くなってきていますので、サービスを享受する側の視点からの発想力も問われています。
高木 幸一
最近の傾向として、ソフトウェアの開発手法がハードウェアの開発手法に影響を与えています。ソフトウェアがなければハードウェアが動かなくなったのと同様に、ソフトウェアの開発手法を知らなければ、ハードウェアの開発ができない時代になってきています。その意味で、欧米、特に米国はそれを先鋭的に取り込んでいます。従来彼らはソフトウェアのチャンピオンでしたが、今やハードウェアにおいてもチャンピオンの地位を固めつつあるのではないでしょうか。日本にはハードウェア、モノづくり立国といった自負があったと思いますが、米国に後れを取りつつあるという現象の背景には、①従来のハードウェアの開発手法のみに基づきソフトウェアを開発し続けてきたことで、ソフトウェア技術で立ち遅れた点、②ソフトウェアの新しい開発手法がハードウェアの開発手法にも影響を及ぼし始めた点があると思います。残念ながら、日本ではソフトウェア開発によって生まれた新しい開発手法を取り入れることに対し、強い抵抗がある人々が多いのも事実です。
羽田野氏
ソフトウェアの開発手法がハードウェアの開発手法に影響を与えている、その最も象徴的な会社がテスラモーターズだと思います。自動車のソフトウェア、ファームウェアをオンラインアップデートして、自動運転の機能を追加するという発想がカジュアルで興味深いです。このような発想を日本のメーカーにも持ってもらいたいですね。
高木 幸一
現在、米国はモノづくりの革命の最先端を走っており、ハードウェアに対するソフトウェア的なアプローチに基づく発想は驚異的なスピードでビジネスを変革し続けていると思います。それらに対しての理解がない会社は、ハードウェア、ソフトウェアのいずれの会社であっても淘汰されていくのではないでしょうか。Mozilla Factoryの取り組みは、モノづくりの面にもフォーカスされており、日本が得意とするモノづくりに、アメリカで生まれた新しいムーブメントを付加して、日本の開発手法として理解するということを一つの大きな課題として取り組んでいます。

オープンソースコミュニティで気をつけるべきこと

オープンソースコミュニティで気をつけるべきこと

高木 幸一
Mozilla Factoryはオープンなコミュニティです。私たちは、お二方が指摘されているとおり、オープンなコミュニティの中で、様々なひとたちが協力して作り上げたテクノロジーが世界をリードする時代になりつつあるという考えを重んじ、それに貢献したいと思っています。そのため、KDDIはコミュニティの一員としてコミュニティの中であまり前面に出ないよう注意しながら活動に参加・貢献しています。
瀧田氏
コミュニティへの参加には、企業としての参加も個人としての参加も分け隔てはないので、そういう意味では、KDDIから参加されている皆さんが、もっと前面に出てもよいと思っています。オープンソースのコミュニティ活動に関するグローバルな定義の中で、誰かが誰かをコントロールすること、参加者を制限することは禁止されています。プロジェクトに参加する目的は参加者によって様々で、それはそれでいいと思っています。技術の側面から見れば、オープンな形で開発することの意義、すなわち、技術の革新を止めないということを念頭に置いた協働をしていかなければなりません。CHIRIMENというオープンハードウェアが、設計図からすべてオープンで、しかも企業が参画して理想が実現できるのかという実験的な意味合いもありますから。
羽田野氏
純粋にオープンソースだけで始まった取り組みが、成功するかどうかは正直なところわかりません。ハードウェアとなるとコストもかかるので、通常のプロジェクトはほぼ失敗してしまいます。今回は大企業がサポートしているということは安心感につながります。企業がプロジェクトをコントロールするのだろうというのは邪推で、大企業が強力にサポートしてくれている、そうした安心感の提供に価値があると思います。もし仮にKDDIの名前がなく、Mozilla Japanだけとなると本当に大丈夫なのかと思われてしまうわけです。それは、Mozilla Japanがハードウェアメーカーではないからです。CHIRIMENの取り組みにKDDIだけでなく、他の大企業が参画されるともっと強固なモノになりそうです。ビジネス上の競合がこのプロジェクトに参画すればきっとものすごく盛り上がるでしょうね。
高木 幸一
企業がこうしたコミュニティにおいて注意すべきことについて教えてください。
瀧田氏
Mozilla Factoryで決めているのは、ビジネスを持ち込まないということです。オープンソースの成果を自身の製品に利用することは、ライセンスに基づいていれば何も問題はありません。ただし、プロジェクトの成果である以上、プロジェクトとその貢献者にリスペクトをしてもらわないと困ります。製品にクレジットを入れるなど、「プロジェクトに対するリスペクトを示すようにしてください」と企業参画の際には説明をしています。
羽田野氏
基本的にフリーで何かをしようするときにはプログラムに限らず、アトリビューションを大事にしてもらいたいですね。
瀧田氏
オープンソースにおいて、日本はユーザ側だったという話に関連しますが、「e-Government」でLinuxを使用するという話になったとき、Linuxに関する評価として前面に出たのが、「素晴らしいソフトウェアだ」ということではなく「コストダウンになる」ということでした。これだけを言われてしまうと、オープンソースで開発に携わる側としてはモチベーションが下がってしまいます。これで、「オープンソース=コストダウン」というイメージがついてしまいました。そういう点から、「ちゃんとリスペクトしてほしい」ということを言うようにしています。
高木 幸一
素晴らしいソフトウェアということだけでなく、素晴らしいソフトウェアが作れる素晴らしいコミュニティと素晴らしいエンジニアというところまでを、リスペクトした状態で見てもらいたいということですね。
瀧田氏
Firefoxをリリースしたときにも、製品にコントリビュートしている全員の名前をクレジットに入れるということが重要なミッションとしてありました。連綿と続く貢献者の名を残すということを大切にしています。

Mozilla Factoryに参加したことで得たものとは

Mozilla Factoryに参加したことで得たものとは

高木 幸一
CHIRIMENのプロジェクトに取り組んだ成果の一つとして、人材が育ち、社内だけでは実現が難しかったことができるようになった点が挙げられます。また、このプロジェクトを通して一番驚いたのは、ハードウェアの試作・生産に関するハードルやコストが想像以上に低くなっていたということです。これは、われわれ日本人だけのコミュニティだけでは決して得られないことで、グローバル特にアジアの方々とのコミュニケーションによって得られたものでした。小さなPDCAサイクルを3回くらい回して作り上げるという、ハードウェアづくりにおけるアジャイルともいえる手法を体感できるよい機会でした。
瀧田氏
そういうことが日本の中でできるようにならないと、アイデアだけを吸収され、ビジネスを海外の企業に持って行かれてしまうということが、ますます起きてしまうのではないかと危惧しています。価格や開発スピード競争に日本企業が参加できなくなっているのは、企業に元気がないからです。昔の大企業の研究所にはアイデアを出しやすい環境があったのですが、今ではコスト重視に傾いてしまったため、研究所のそういった自由な環境が失われてしまっているようにも思えます。大企業が工場を手放したり、先端技術に進んでいかない理由は、そこに原因があるのではないかと考えます。
高木 幸一
日本企業が得意としてきたウォーターフォール型の考え方は、アジャイル型の開発に比べて次のステップに進むためのリスクが大きい。そうしたリスクを回避するためにチャレンジをしなくなり、その結果として、アジャイルを強みとする欧米企業に先んじられてしまっている傾向を感じますね。
羽田野氏
研究所で自由な開発ができなくなっている背景には、株式市場の過剰な期待が、経営層を短期的な思考に向かわせていることがあることも忘れてはいけません。欧米式の短期でベンチャーのような成長を求める風潮が、いま大企業を苦しませている気がします。短期で成果をあげるのはベンチャーがやるべきことで、大企業は10年かけないとできないようなチャレンジを本来したほうが良いと思います。しかし、投資家の期待が経営層を圧迫し、研究所をも成果主義追及に巻き込んでいるのではないでしょうか。
高木 幸一
このプロジェクトは、そのような現在の日本の閉塞感を打破できるような場になると考えられませんか?
瀧田氏
将来を担う若い世代と経験を積んできた上の世代とが、業種や立場に捕らわれずにオープンソース開発の現場に見られるような感覚で、フラットにお互いの考えを伝え、刺激を受け、リスペクトし合って何かをクリエイトしていく中で、そこからヒントを得る場として活用していただきたいと思います。そして、ここで得たアイデアを会社に持ち帰り、それが何か新たな突破口になる可能性は十分あるのではないでしょうか。また、学生の参加者にも「自分のキャリアにもつながるのでもっとオープンソースを活用しなさい」と言っています。ただし、ここに来さえすれば何とかしてもらえるといった救いを求めるような考えではちょっと困りますね。
高木 幸一
本日はお忙しいところお時間頂きありがとうございました。Mozilla Factory や、その中の CHIRIMENのプロジェクトへの参加がきっかけとなって、今後、オープンソースマインドから学んだ成果がKDDI の新しいサービス誕生にもつながると確信がもてました。これからも宜しくお願いします。

瀧田佐登子氏

一般社団法人Mozilla Japan
代表理事 瀧田佐登子氏プロフィール

1986 年、旧・日電東芝情報システムにシステムエンジニアとして入社。その後、富士ゼロックス情報システム、東芝などで UNIX・インターネット事業に従事。1996 年、Web ブラウザベンダーの先駆けとして注目されていた米国 Netscape の日本法人に入社。直後に渡米し、製品の国際化・日本語化に携わる。1998 年、同社がソフトウェアの設計図にあたるソースコードを一般に公開。当時 IT 業界では大きなニュースとなった「オープンソース化」の現場を、開発者の一人として体験。2001 年、日本法人の撤退後も、米国本社所属のプロダクトマネージャとして国内の金融関連サポートおよびプロモーション業務を担当。Netscape 退社後も、その技術を継承する形で独立した Mozilla プロジェクトにて活動を続け、Firefox をはじめとする Mozilla 製品のマーケティングやオープンソースの普及啓蒙を目的とした非営利法人 Mozilla Japan を 2004 年に設立。2006 年 7 月、代表理事に就任。2007 年より慶應義塾大学大学院非常勤講師。2009 年より中央大学 理工学部 兼任講師。
日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー 2009 リーダー部門受賞。2009 年度日本 OSS 貢献者賞受賞。第 9 回北東アジア OSS 推進フォーラム特別貢献者賞受賞。日本の IT 業界で「ブラウザの母」とも呼ばれている。


羽田野太巳氏

株式会社ニューフォリア
取締役 羽田野太巳氏プロフィール

1993年、日本電信電話(株)(NTT)入社。伝送系エンジニアとして通信系インフラの保守運用を経て、通信系SIとして企業通信系システム設計に従事。1999年 NTTぷららに出向、インターネット接続サービスおよびサーバーのシステム運用、サービス企画に従事し、IPTVサービスの立ち上げに携わる。2004年独立後、(有)futomiを設立し、ウェブ・システム開発の傍ら、ウェブコンサルティングも手がける。
HTML5の気運が高まる以前からHTML5の探求を始め、HTML5専門サイト「HTML5.jp」を立ち上げ、HTML5の普及啓蒙に関わり、HTML5関連書籍や雑誌記事執筆も行う。
2011年 (株)ニューフォリア取締役(最高技術責任者)に就任し、ウェブベースのアプリケーション開発やデジタルサイネージ・システムの研究開発の指揮を執る。W3C会員としてWebの標準化にも携わる。
主な著書に『HTML5 Web標準API バイブル』(ソシム)、
『HTMLとJavaScriptではじめるWindowsストアアプリ開発入門』、
『徹底解説 HTML5 APIガイドブック ビジュアル系API編』、
『徹底解説HTML5マークアップガイドブック 最終草案対応版』
(秀和システム)、共著に『HTML5ガイドブック 増補改訂版
(Google Expert Series) 』(インプレスジャパン)など。

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