2018.10.05

イノベーションを実現する組織変革とは

KDDIでアジャイル企画開発手法「スクラム」の導入支援をしている和田です。

普段はお客さま企業において、スクラムコーチとしてスクラムの組織的導入の支援をしています。私も企画に参加し、2017年から始めた組織変革に関するセミナー「Digital Innovation Leadership(DIL)」が2018年6月20日に東京で開催されました。

 

JB PressとKDDIが中心になってDILを始めたきっかけは、アジャイル開発やスクラムをビジネスサイドの人にもっと知ってもらいたいという思いからでした。今回が2回目となるDIL2018では、Scrum Inc. CEOのJJ・サザーランド氏やスクラムを導入して組織変革を実践されているデンソーの成迫氏を招き、組織変革の最新の理論や先進企業の取り組みをご紹介いただきました。特にデンソーの成迫氏はDIL2017の参加をきっかけにスクラムを導入され、その成果をDIL2018で発表していただいたので、個人的に非常に感慨深いものがありました。

このブログではDIL2018の各講演の要点をご紹介しながら、アジャイル開発そしてイノベーションの実践に必要な組織変革の重要性を説明したいと思います。

 

Scrum Inc. CEO  JJ・サザーランド 氏による

「スクラム -可能性を変える技術-」

 

 

トップバッターとなるJJ・サザーランド氏は、大企業の組織的な課題をいかにスクラムが解決するか、自身の経験やScrum Inc.のこれまでの実績をもとに解説しました。

スクラムとは、ビジネスとエンジニア一体の小さなチームが、優先順位の高い機能から順に短いサイクルで開発をするアジャイル企画開発手法です。顧客のフィードバックを頻繁に取り込み、チームの仕事のプロセスを改善し続けることでイノベーションを実現する手法として、世界中のあらゆる規模の企業や行政府で採用されています。近年では、ソフトウェア開発だけでなく、ハードウェア開発やマーケティング、営業、研究・調査、コンテンツ制作など幅広い分野で活用されています。

スクラムの共同考案者、ジェフ・サザーランド博士の息子であるJJ・サザーランド氏は、Scrum Inc.にジョインするまでのキャリアの大半をアメリカの公共ラジオ放送のジャーナリストとして過ごしました。JJ・サザーランド氏はそこで、父から学んだスクラムを用いたラジオの取材活動を行ってきました。

2011年のエジプトのアラブの春の取材活動においては、インターネット環境がなく衛星電話の使用も制限されており、取材仲間がエジプトの秘密警察に逮捕される、という悪条件のなか、レポーターと現地コーディネーター、プロデューサーのJJ・サザーランド氏がスクラムチームを結成し、激変するエジプトの状況を朝夕のニュース番組で伝え、数々のジャーナリズムの賞を受賞しました。

エジプトの取材チームは、ソフトウェア開発のスクラムチームと同じ以下の3つの特徴を持っていました。
 
・アメリカの本部との通信が遮断され、エジプトの取材チームは自己組織化していた(自律

・少ないメンバーで大量の仕事をこなすため、役割を固定せず助け合いながら仕事を行った(職能横断

・アラブ社会の民主化を世界中に伝えるという使命に燃えていた(目的の一致
 
チームの生産性を飛躍的に向上させるためには、自律・職能横断・目的の一致を欠かすことはできません。
一方JJ・サザーランド氏は、既存の大企業はスクラムチームと正反対の以下の特徴を持っていると続けました。
 
【既存の大企業 ⇔ スクラムチーム】

・階層型組織におけるコマンド&コントロール ⇔ 自律

・職務の専門化による官僚組織化 ⇔ 職能横断

・組織の目的や優先順位があいまい ⇔ 目的の一致
 
既存の大企業も機能別の組織構造を改め、職能横断のスクラムチームに再編成すれば、飛躍的に生産性を高めることができます。実際、Saab(スウェーデンの軍用飛行機メーカー)やJohn Deere(アメリカの農機メーカー)では、企業全体でスクラムを導入し、競合を圧倒する迅速な製品開発を実現して業績を伸ばしています。JJ・サザーランド氏は講演の最後に来場者に対し、チームの生産性を飛躍的に向上させるための組織変革をいますぐに始めようと勇気づけました。

 

デジタルビジネス・イノベーションセンター(DBIC)代表 横塚 裕志 氏による

「あなたが主役 デジタルイノベーション・4つの要素」

 

 

横塚氏は、将棋の藤井聡太七段の活躍が日本の将棋界全体を活性化していることに触れ、個人の力で大きなインパクトを与えることができる、会場にいる一人ひとりが立ち上がり自らの企業においてイノベーションを起こして欲しい、と語り講演を始めました。

現在、進行している第4次産業革命には以下の特徴があります。
 
・従来とは異なるテクノロジー企業がライバルとなる

・技術の発展は誰にも予想がつかない

・顧客視点でのイノベーションが重要となっている

・限界費用ゼロ社会が到来する(モノやサービスが非常に低価格で提供されるようになる)
 
例えばカーシェアリングのUberは、将来的には自動運転の技術を活用して圧倒的に低価格な移動サービスを提供することを目指しています。そうなれば、車の所有を前提とした従来の自動車会社や損害保険会社のビジネスモデルは一変する可能性があります。

第4次産業革命に向けてアメリカのテクノロジー企業が躍進する一方、日本の既存の大企業は新たなイノベーションを起こすことに苦戦しています。横塚氏は、海外のイノベーションセンターとの連携や日本の大企業のイノベーション支援の経験をもとに、日本企業がイノベーションを起こすために取り組むべき4つの要素を説明しました。

① Digital Transformation(デジタル変革)

第4次産業革命におけるイノベーションの実現には、会社全体でテクノロジーを使いこなせなくてはなりません。スペイン第2位の金融機関、ビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリア銀行(BBVA)は、サービス開発だけではなく販売チャネルからコールセンターまで、会社全体を最新のテクノロジーが活用できるように組織を再編し、フィンテックによるイノベーションの実現を目指しています。

また、デジタル変革による新規事業が軌道に乗るには時間がかかります。UberやAirbnbは、単年黒字になるのに6年かかっています。第4次産業革命におけるイノベーションを起こしたいのであれば、短期間のROIに固執するのではなく、10年単位での長期ビジョンを持たなければなりません。

② Design Thinking(デザイン・シンキング)

売上や利益、製品シェアといった企業側の視点では、イノベーションのアイデアは生まれません。プロダクトを実際に使う生活者の視点で、生活者の課題に共感するところからイノベーションは生まれます。デザイン・シンキングとは、生活者視点の価値観で、販売チャネル・プロダクト・人材・パートナーなど会社全体を変革することです。

企業の社員は仕事において企業側の視点で考えがちです。それは会議など仕事の場で”We think(企業として〜と考えます)”と発言することに現れます。デザイン・シンキングによるイノベーションを起こしたいのであれば、企業における社員ひとりひとりが、自分が生活者としてどう感じるかを重視し、”I think(自分は〜と考えます)”と言えるようにならなければなりません。

③ Discvoer Myself

社員一人ひとりが”I think”と言えるようになるためには、”Who am I?(私は何者か)”を深く考える必要があります。自分自身が何者であるかを考えることで、企業の社員も自分の考え方を取り戻すことが出来ます。そして、自分自身の考えで発言する自律した人材が増えると社内にコミュニティが形成されます。そうしたコミュニティが中心になって、既存の企業もイノベーションを実践できるようになります。

④ Diving Program

最後に横塚氏は、実際にイノベーションに取り組むことが大事だと話しました。「企業において最初の一人の人間が飛び込めば、そこから面白いアイデアが生まれそこに続く人が現れる。イノベーションに取り組む人が増えれば人と人との絆が生まれ、そして最後にイノベーションが実現される。自分の企業の中でそうした同志が見つけられなければDBICへぜひ参加して欲しい」と話し講演を終えました。

デジタルビジネス・イノベーションセンター(DBIC)について

 

KDDI株式会社 ソリューション事業企画本部長 藤井 彰人 氏、

KDDI DIGITAL GATE センター長 山根 隆行 氏による

「日本企業がデジタル変革を目指すために必要なこと」

 

 

KDDIにアジャイル開発を導入しデジタル変革を実践してきた藤井氏は、講演の冒頭でJPモルガンCEOの「シリコンバレーが金融業界に来ている」という発言を紹介しました。Appleは米国で既に「Apple Pay Cash」という個人間送金サービスを開始しており、アマゾンも銀行サービスをまもなく開始すると噂されています。テクノロジー企業による既存産業への領空侵犯は、日本だけではなく欧米においても既存大企業の大きな経営課題となっています。テクノロジー企業に対抗すべく、多くの既存大企業がアジャイル開発やデザイン・シンキングを導入しようとしています。藤井氏は、ここで米国企業と日本企業のビジネスカルチャーの違いを考慮しなければならないと言います。

コンテンツサービスで急成長するNetflixは、自らの組織をプロスポーツチームに例え、企業の成長段階やビジネスにおける必要性に応じて必要なポジションのスタープレイヤーを雇用し、あるいは解雇すると宣言しています。しかし日本では、イノベーションのためにアジャイル開発やデザイン・シンキングに取り組むからと言って、Netflixのようにスタッフを入れ替えることは現実的ではありません。

また、日米では以下のような方針の決定・仕事の実行に関する違いがあります。
 
・方針の決定に関し、日本では現場の合意を重視するのに対し、米国はトップの判断を重視する

・仕事の実行に関し、日本では複雑な承認プロセスを必要とするのに対し、米国は現場へ多くの権限を移譲する(承認プロセスが少ない)
 
デジタル変革に向け、経営陣が率先して会社全体で一気にアジャイル開発やデザインシンキングを導入したGEのような会社も米国にはありますが、日本ではそのようなトップダウンのやり方がうまく行くかは分かりません。まずはチームを一つ作り、現場のスタッフが十分に納得してから徐々に規模を拡大していくアプローチが必要と思われます。

またアジャイル開発・スクラムでは、現場のチームへの十分な権限移譲がなければチームの自律による生産性の向上は望めません。しかし、日本では現場への権限移譲が一般的でないため、アジャイル開発・スクラムの導入の際には上層部がチームをどうサポートするか、どのように権限を移譲するか、といった検討をしなければなりません。

そうした背景を踏まえて、藤井氏がKDDIにアジャイル開発を導入する際に取った戦略は以下の通りでした。
 
1. 1チームずつ立ち上げ、徐々に体制を拡大していく。

2. できるだけ企画・開発スタッフは内製化するが、パートナーも最大限に活用する(従来の開発の丸投げではない)

3. スクラムチームが自律的に仕事を進められるよう、マネージメントとしてチームのサポートやチームへの権限移譲を行う
 
2.の企画開発の内製化について、KDDIでは、永和システムマネジメントのようなアジャイル開発を実践する企業とパートナーシップを組み、KDDIのエンジニアと永和システムのエンジニアの混合のスクラムチームを組んでいます。

3.のチームの自律に向けた支援について、KDDIでは、プロダクトオーナーが定期的にプロダクトの方向性やROIの承認を上層部から取る代わりに、スプリントごとの開発の優先順位についてはチームに権限を移譲するようなしくみを導入しています。

 

 

KDDIでは、自身のデジタル変革のノウハウとKDDIグループのアイレットやSORACOMといった、クラウド・IoTの先進企業のノウハウを活用し、顧客企業とビジネスを共創するオープンラボ「KDDI DIGITAL GATE」を2018年9月5日に開設しました。

KDDI DIGITAL GATEの責任者である山根氏は、ラボの強みは、KDDIでアジャイル開発やデザイン・シンキングを実践してきた経験豊富なメンバーと顧客企業のメンバーとでスクラムチームを結成できることにある、と語りました。KDDIが永和システムのようなパートナーを活用して、アジャイル開発やデザイン・シンキングを導入したように、これからデジタル変革に取り組む企業にとって、KDDIの経験豊富なチームとタッグを組むことが出来ることは非常に有益だと思われます。

山根氏は、「イノベーションは、自分たちで成し遂げるものであって、外部のベンダーに発注することはできません。KDDI DIGITAL GATEなら、KDDIがお客さまとチームを組むことで、共にイノベーションを実現することができます。KDDI DIGITAL GATEで共にイノベーションを起こしましょう」と力強く語り、講演を締めくくりました。

KDDI DIGITAL GATEの開設について

 

株式会社デンソー 成迫 剛志 氏による

「デジタルトランスフォーメーションを担う組織づくり~社内にシリコンバレー流をつくる~」

 

 

売上高4.5兆円、従業員数15万人を抱える世界有数の自動車部品製造業のデンソーにおいて、デジタル変革を実践するのが成迫氏が率いるMaaS開発部 デジタルイノベーション室です。成迫氏は講演の冒頭で、デンソーに入社するまで企業の情シス(ユーザ側)とIT企業(販売側)を経験したが、日本においてはユーザ企業もIT企業も受発注という立場に別れ双方不幸な状態にある。そうした状況を変え、ITに従事する人々を幸せにしたいという思いが、デンソーに入社した大きなモチベーションであったことを明かしました。

現在、自動車業界は100年に一度とも言われる大変革時代を迎えています。IoTやAI、ロボティクスの技術が、今後自動車業界をどのような形に変えるのかは誰にも予想できません。しかし、インターネットやスマートフォンが我々の予想をはるかに上回るスピードで普及したように、一度新たな技術が普及すれば、瞬く間に消費者がエンジン車を所有する時代からUberのような共有型の移動サービス(MaaS:Mobility as a Service)にシフトする可能性があります。デンソーはこうした背景のなか、MaaS市場を狙うディスラプター企業(Google、Uber、Teslaなど)と同じアプローチを採用することにしました。

そのアプローチとは、
 
・ゼロから一を創る「デザイン・シンキング」

・早く作る、安く作る「Cloud & Open Source」

・作りながら考える、顧客と共に創る「内製化・アジャイル開発」
 
の3つでした。デジタルイノベーション室はこの3つのアプローチを活用して、デンソー社内の様々なビジネス主管部署とプロジェクトごとにスクラムチームを形成し、ビジネスの構想からプロダクトのデザイン/設計、開発、運用、保守を担っています。2017年2月に創設されたデジタルイノベーション室は、2017年5月に最初のスクラムチームを立ち上げてから、2018年5月までに5つのスクラムチームを立ち上げ、デンソー社員12名、協力会社社員23名の計35名の体制に拡大しています。

成迫氏は、デジタルイノベーション室のスクラムチームのメンバーの以下の感想を紹介しました。
 
・今までの開発手法(ウォーターフォール開発)にはもう戻れません。

・新しい技術に触れ、自分が進化しました。

・みんなでつくることがこんなに楽しいとは思っていませんでした。

・まだまだ成長できるってことをスクラムは体験させてくれます。

・スタートアップの楽しさと厳しさが社内にある。

・社会人になって、初めて仕事が楽しいと思えています。
 
ITに従事する人々を幸せにしたいという成迫氏の思いは、デンソーのスクラムチームにおいて実現しつつあります。
成迫氏が最後に、デンソーにおける組織変革の成功を踏まえ、「デジタル変革を実現したいなら、IT事業者が提案する安易なソリューションに惑わされず、自分達でアジャイルな組織への変革を実践しなければならない」と語ると、多くの来場者が頷いていました。

 

各講演に共通するアジャイル開発・イノベーション実践に必要な組織変革とは

 
AIやIoTといった新たな技術を活用し、イノベーションを実現するための組織変革のアプローチについて講演者から様々な提言がされましたが、以下の3つが共通していました。
 
① 生活者の視点を持ったチームが、職能横断的にプロダクトの企画から開発までを行う

② 経営層はチームの自律をサポートする

③ 組織変革はできるだけ自分たちで考え実践する。ただし、足りない部分はパートナーを活用する
 
次に、それぞれの要素について補足をしていきたいと思います。

① 生活者の視点を持ったチームが、職能横断的にプロダクトの企画から開発までを行う

横塚氏は、イノベーションの実現には生活者の視点が欠かさないと語りました。そしてJJ・サザーランド氏は、チームの生産性を飛躍的に高める鍵は自律・職能横断・目的の一致だと話しました。企業はイノベーションを起こしたいのであれば、生活者の視点に一番近い現場にプロダクトの企画から開発までを行う職能横断のチームを結成する必要があります。

② 経営層はチームの自律をサポートする

イノベーション組織では、経営層の役割が従来の「計画の策定」と「実行の管理」から「ビジョンの共有」と「チームのサポート」に代わります。「チームのサポート」とは、現場のチームが自律して仕事に集中できるよう、適切な権限委譲をしたり組織の再編成をしたりすることです。自律したチームが企画開発するプロダクトが会社の方向性とずれないよう、会社のビジョンをチームと共有することも経営層の大きな役割となります。

③ 組織変革はできるだけ自分たちで考え実践する。ただし、足りない部分はパートナーを活用する

イノベーションを起こす自律したチームは、顧客が持つ課題の分析・仮説の立案からプロダクトの設計・開発・運用まで自分たちで行う必要があります。これは、従来のユーザ企業が顧客の分析・仮説の立案までを行い、システムの設計以降はIT事業者にアウトソースするというやり方では実現することは出来ません。ただ、これまでシステムの設計・開発・運用をアウトソースしてきたユーザ企業にとって、すべてを一気に内製化することのハードルは非常に高いものがあります。そこで、アジャイル開発やデザイン・シンキングの内製化というゴールを支援してくれるパートナーを選定し、そのパートナーと共にビジネスを共創するということが、ユーザ企業には非常に重要となります。

 

最後に

 
KDDIやデンソーなど、スクラムを採用しデジタル変革を実践する企業では、上記の3要素を実践し組織変革を実践しています。組織変革の過程において、デンソーの成迫氏が語ったように、企画開発のプロセスが効率化されるだけでなく社員のモチベーションがあがり幸福度があがる、ということが起こっています。

スクラムの共同考案者であるジェフ・サザーランド博士は、幸福なチームは生産性が高いという規則性(サザーランドの法則)を発見し、イノベーションを目指す組織は社員の幸福も追求しなければならないと言っています。

DIL2018にご参加された方やこのブログを読んでくださった方が、自社の組織変革を実践し、日本に幸せなチームとイノベーションが広がることを願います。

 

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KDDI株式会社 ソリューション事業企画本部
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和田 圭介

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